Late Pandit Kaviraj Ashutosh Bhattacharya
("Ashu Babu")  1917年3月19日生〜2004年2月8日没

Ashu Babu (アシュ・バブー)とは敬愛する我がタブラの師匠(グルジ)のニックネームです。 Pandit Kaviraj Ashutosh Bhattacharya (パンディット・カヴィラージ・アストッシュ・バッタチャリヤ)は秀でたタブラ奏者としてだけでなくアーユルヴェーダの医師としても名が知れわたっている人でした。グルジ(師匠)はヒンドゥーの聖地として知られているヴァラナシ(ベナレス)にてベンガル人のアーユルヴェーダ医師の家系に生まれました。幼少の頃から太鼓に惹かれ八歳の時にパカーワジといわれる両面太鼓を Pandit Ram Nath Mishra (パンディット・ラム・ナート・ミシュラ)に師事し習いはじめました。数年のちに彼は偉大なベナレス流派のタブラ奏者の一人、 Pandit Kanthe Maharaj (パンディット・カンテ・マハラージ)の演奏を目の当たりにし、彼にタブラを師事する事を決めました。

若くして彼は新進気鋭のタブラ奏者として名が知られるようになり、初めて全印度音楽祭に出場した二十一歳の時、現代インド古典音楽の父と言われている伝説のサロード奏者 Ustad Allauddin Khan (ウスタッド・アラウッディン・カーン)の伴奏者を見事につとめました。その直後彼は祖父、父の後を受けてアーユルヴェーダ医術の家系を継ぐためにデリーの大学へと進学しました。大学での勉強、アーユルヴェーダの師への師事の合間にも彼はタブラを続け日曜には弟子達への稽古やリサイタルやラジオプログラムなどの演奏に明け暮れました。その共演者には Pandit Ravi Shankar (ラビ・シャンカル)Ustad Ali Akbar Khan (アリ・アクバル・カーン)Ustad Vilayat Khan (ヴィラヤット・カーン)などインドを代表するアーティスト達も多々いました。

アーユルヴェーダ医術の学位を取り大学で勉強を終えて彼はベナレスに戻りました。彼は診療所を開き、再び師匠のもとでタブラを勉強しながら演奏を続け、数々の賞をとりました。その頃仕事をしながらも1日に6時間ほど練習をしていたそうです。この期間、彼は20世紀の北インド古典音楽を代表する大演奏家達ほぼすべてと共演しました (Ustad Hafiz Ali Khan, Ustad Mushtaq Ali Khan, Pandit D.V. Paluskar, Pandit Nikhil Banerjee, etc etc.)。 1952年カルカッタ全インド音楽祭で彼は後々まで語り継がれる演奏をしました。Ustad Allauddin Khan とその息子 Ustad Ali Akbar Khan そして Pandit Nikhil Banerjee 三人の伴奏を師 Ustad Kanthe Maharaj と共に見事につとめ、3時間半もの間演奏をし続けました。このような音楽家として素晴らしいキャリアを築いたにも関わらず、彼は常に医者を自分の職業として音楽を趣味として位置付け、演奏会等から交通や宿泊に必要なお金以外、ギャランティーとしてお金を得る事は絶対にしませんでした。

1994年に私が初めてグルジに会った時、彼は数年前の心臓発作で現役からリタイアしほとんどタブラを叩かなくなっていました。 しかし、その後もタブラに対するおおきな愛情は変わらず、教える事によってタブラやインド古典音楽へと彼自身を捧げていました。そして2004年に亡くなる直前にまで毎日タブラの稽古を弟子に行っていました。私はグルジの膨大なタブラの知識にしばしば驚かされました。更にそれだけでなく、常に新らしい革新的な kaidaspaltastihaistukaras それぞれの taal で, 常にぞれぞれの弟子に対してそれぞれができる最高のものを求め、特に常に強調してクリアなサウンドや綺麗なフィンガリングを意識させていました。グルジが口癖のようにいつも言い聞かせてくれたことわざがいくつかあります。"Ek sade, sab saden; sab sade, sab jayen" ("一つを知り全てを知る。全てに挑戦すると、全てが無に終わる")、 "karta Ustad, karta na sagret" ("練習するものは Ustad になり、練習せざるは弟子のまま終わる") そして "全ては鍛練にかかっている!"

彼は音楽経験は神聖なものであるべきだ、という強い信念を持っていました。彼は、今のインド音楽はショーの様にアクロバチックになってしまい、スピードやトリッキーなものがもてはやされ以前のような深みがなくなったとよく言っていました。今や観客はなにか起こるごとに叫び、手を叩き演奏を囃し立てる、以前はため息をつかせ知らず知らずと涙をさそうものだったと。今は演奏家達はリハーサルに明け暮れ演奏者同士の掛け合いなど刺激的な部分をよりクローズアップしています。以前は演奏家はステージの上で初めてuヲ憎顔を合わす事さえ珍しくなかったそうです。「神からの贈り物である音楽に身を捧げた、ただ長年にわたる猛烈な鍛練のみが音楽をものにする唯一の方法である。そしてその結果として音楽家が完全にその楽器から自由になったとき初めて無意識の自然なインスピレーションが降りてくる。」あらゆる意味で彼は本当に音楽聖者でした。

音楽に対するこの姿勢を EthnoSuperLounge に込めたいと思っています。音楽家達の創造がフリーインプロビゼーションの空気の中で開くこと。勿論、私達はまだ音楽家として Ustad Allauddin Khan のような域には決して達していませんし彼等と同じ経験を求めるのは酷です。しかし、そのような魔法に包まれたような感動、インスピレーションが訪れる時の事を思うと、全ての苦労がやりがいのあるものに感じるのです。そして EthnoSuperLounge Live! CD とこのウェブページを敬愛するグルジに捧げます。

by Shen Flindell (故 Pandit Kaviraj Ashutosh Bhattacharya の1994年から2004年までの弟子)
邦訳:Hiromichi Okazaki (2003年から2004年までの弟子)


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